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吉本の養成所「NSC」とは?卒業生が授業内容や実態を詳しく教えます

連載
公開日:2020年11月12日 更新日:2021年1月5日

執筆:東大卒芸人 山口おべん

1988年生まれ。私立開成中学校・高等学校、東京大学文学部言語文化学科言語学専修課程卒業。W東大卒コンビとして「アメトーーク!」など番組出演。 2020年1月から、コンビで自身のみエージェント制を選択。芸人になった動機はいくつかあるが、一番は「モテたかったから」。

NSCとは、大阪と東京に存在する吉本興業の養成所。その実態はTVなどで取り上げられることもあるため、何かしらご覧になったことがあるかもしれません。

けれど、うわべの話だけではイメージが湧きませんよね?というわけで、NSC東京18期を卒業し現在も吉本(エージェント契約)であり、NSCの正式名称が「吉本総合芸能学院」だと去年Wikipediaで知った私、山口おべんが、実体験をもとに表も裏も書いていきます。



NSCにはどうすれば入れる?

NSCには、面接で名前と「はい」が言えて、学費の40万円が払えれば入れます。あ、嘘言いました。値上がりしたので44万5000円です。

合格率は99%です。1%の確率で落ちた人が大物になるとも言われ、千鳥・大悟さん、笑い飯・西田さん、とろサーモン・久保田さん、宮下草薙・草薙など、確かにそうそうたるメンツが一度落ちています。けれど、落ちて有名にならなかった人が名乗り出ないので、どこまで信じていいか分かりませんね。

ネットでまことしやかに言われていたのは、「面接でネタをやると落ちる」というものです。芸人として空気が読めないのが最悪、との趣旨らしいですが、どうやらガセのようです。実際、面接の僕と同じ回で「青森のお〇パブのボーイのモノマネ」をやった同期は、無事入学してNSCでも上位の成績を残していました。

NSCでは何を教えてくれる?

NSCの授業は多種多様です。ネタ見せはもちろん、トーク、ダンス、ボイストレーニング(という名の筋トレ)、日舞なんかもあります。

では、何を教えてくれるか。そこは天下の吉本ですよ?何も教えてくれません。他の養成所はお笑い理論の講義もあると思いますが、いきなり「ネタを作ってこい」で、見せたらこっぴどくこきおろされて終わりです。今のところ一番役に立った授業は、お芝居で着付けが必要になったときに重宝した日舞です。

授業数も、同じ講師の授業は月1~2回しかないので、入学から半年は週3~4コマしかありませんでした。しかも、4月入学なのに、最初の授業は4月20日過ぎ。謳い文句で「大学との両立もできる」みたいに言っていますが、物は言いようだなと感心しました。

もっとも、芸人デビュー後は自分発信でオリジナリティーを考えなればならないし、自分の時間をいかにネタ作りや練習に割けるかで差がつきます。また、ネタに意見をもらえる環境がいかにありがたいか。そういう意味では、放任のNSCこそデビュー後の予行演習ができる理想の学び舎、と言えなくもないでしょう。一つ間違いなく言えるのは、吉本社員さんは絶対にそこまで計算していないってことです。

NSC東京には教室が2つしかない


NSC東京は、神保町よしもと漫才劇場(当時は神保町花月)の建物の4・5階にあります。というか、元々ただの稽古場です。そのため、教室は2つしかなく、出入りはすれ違うのがギリギリの外階段1ヶ所です。

しかも、多忙な講師に合わせ、同じ講師が4クラス連続で授業をする時間割になっています。1クラス約70人、2クラス合同授業だと約140人が20分休憩のたびに総入れ替えになるので、ゲルマン民族ばりの大移動です。次の授業の生徒は階段で列をなして待機します。

特に大変なのがネタ見せ。見せるのはその日並んだ順なのですが、何組並んでいても授業時間が終わればそこで終了です。2分ネタなら、見せられるのは15組前後。しかも、講師によっては「前のコンビに指摘したことは後のコンビにも指摘しないと不公平だ」と思うのか、順番が後になるほどヒートアップしてあたりが強くなります。

なので、先頭は授業の2時間前くらいから並び始め、卒業間際だと4時間前から並ぶ猛者も現れます。階段は先輩方も通るので気が抜けず、授業開始時にはもうへとへとです。それとは逆に、ネタ見せの列に並ばないのも評価が良くないので、練習不足のときにわざと列の後ろの方に並んだのは今でもいい思い出です。

実力によるクラス分け

入学から半年はクラスは固定で、基本的には自分のクラスの授業に出席する形になります。クラス間の接点は少ないですが、「相方探しの会」なるイベントやTwitterで知り合うケースがあります。クラスをまたいでコンビを結成すると、ネタ見せの授業はどちらかの所属クラスに決めて参加することになります。

夏を過ぎると、ネタ見せのみ実力によるクラス分けになります。僕の年は上から順にA、B、C1、そして実力差のないC2、C3、C4でした。各講師の評価によって毎月昇格・降格があり、コンビ結成・解散で名義が変わるとC2~C4に自動降格です。

「クラスは卒業後は関係ない」「Cクラスから売れた人もいる」と吉本内ではよく言いますが、劇場の人間関係には色濃く引き継がれます。“同じ中学出身”みたいに、そこの関係性や振る舞い方はそう変えられません。ただ、Aクラスで前時代的な偉そうなイジリが染みついて消えていく奴もいるし、賞レースやTV露出で一気に認められる実力主義なのは事実です。僕はずっとC4クラスだったので、自分に都合のいい「Cクラスからも売れる」を信じています。

NSCの厳しいルール

NSCには厳しいルールがあります。たとえば、授業開始20分前にいなければ遅刻です。スムーズに入れ替えをする必要があるからです。動いたりするため、ケガをしないようアクセサリも禁止です。

また、同期以外のすれ違う人全員に挨拶をしなければいけません。それも、さっき明らかに挨拶した人でも再度言わなければなりません。これは、される側も意外と大変です。たとえば、以前は芸人デビュー後の解散の届け出もNSCに行く必要がありましたが、上り下りの階段で授業待ちの約100人から往復で挨拶されるわけです。落ち込んでいるところに圧がすごいし、自分は尊敬されるような者ではないという罪悪感しか生まれません。それ以上に、会釈だけでも返していると降りる頃にはヘトヘトです。

ルールの最たるものは、養成所の最寄りの神保町駅から周囲1駅の区間は、自動販売機すら寄ってはいけません。NSC生が数百人+同じ建物に劇場もあるので、ただでさえ近隣から苦情が来やすいからです(外から丸見えの階段で着替えさせていれば当然の気もしますが)。そのため、九段下の喫煙所や御茶ノ水のサイゼリヤなど、一駅先にNSC生は溜まります。

こうしたルールは、授業スタッフとしてついている1期上の先輩が厳しく教えてくださいます。先輩方も仕事としてあえて厳しくされているのですが、何せ記憶に植えつけられるため、芸人デビュー後は2期以上先輩の方が接しやすいということは少なくありません。

気になる恋愛事情とは

入学当初、女子は1クラスにまとめられます。僕らのときは8組まであるうち、3組が女子クラスでした。“女子クラス”と言いますが、一部男子もいます。その結果、他は1クラス70人弱なのに女子クラスだけ100人近くいて、最初に僕が「この学校ヤバイ」と気づいたのはこのときです。

養成所生同士の恋愛は御法度です。異性と思って加減してしまうと芸に支障が出るから、みたいです。売れている方が、「女芸人を女として見れない」と言うのをたまに聞きますが、こういう教育の成果でもあるのです。

もし破ると、クビです。噂では、先輩で入学1週間で事務室に乗り込み、「僕らは真剣に付き合っています。それでもダメだというならクビにしてください」と言って、その場でクビになった男女がいたそうです。けれど、恋愛禁止を一番口うるさく言う講師が女芸人をひいきするのは、さすがのフリボケといったところです。

不思議なのは、最近は夫婦コンビや芸人カップルが増えていることです。もっとも、僕らの代も裏では色々あったという噂ですし、これ以上はノーコメントにしておきます。

何のためにNSCに行く?


ここまで読んで、「じゃあ何のためにNSCに行くの?」と思った方は多いでしょう。どうしても一言で言うなら、「吉本が儲けるため」に決まっています。

その上で、僕が思うに、最大の財産はマナーと人脈。芸人の個性や価値は、売れている先輩に引き出され、価値を付けていただいて初めて発揮されるものです。また、笑いをとるため、本心でない失礼を先輩に働くこともあります。こうしたときに物を言うのが、NSCで染みついた普段からの礼儀であり、それゆえに吉本芸人同士の連対意識は強いです。

比較するのもおかしいですが、他の業界だと、あまりにコミュニケーションが疎だったり、一部の人だけで盛り上がってしまったりすることをよく見かけます。また、同じ芸能の俳優さんやタレントさんと比べても、芸人の秩序はもう一段階上だなと感じます。

こうしたときに、「ああ、自分もNSCを出ていてよかったんだなあ」と、辛かった思い出を美化できます。

執筆:東大卒芸人 山口おべん

1988年生まれ。私立開成中学校・高等学校、東京大学文学部言語文化学科言語学専修課程卒業。W東大卒コンビとして「アメトーーク!」など番組出演。 2020年1月から、コンビで自身のみエージェント制を選択。芸人になった動機はいくつかあるが、一番は「モテたかったから」。