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お笑い芸人の僕が吉本興業のエージェント制を選んだ本当の理由

連載
公開日:2020年4月3日 更新日:2021年1月5日

執筆:東大卒芸人 山口おべん

1988年生まれ。私立開成中学校・高等学校、東京大学文学部言語文化学科言語学専修課程卒業。W東大卒コンビとして「アメトーーク!」など番組出演。 2020年1月から、コンビで自身のみエージェント制を選択。芸人になった動機はいくつかあるが、一番は「モテたかったから」。

東大卒芸人の山口おべんです。
2013年に吉本に所属してから7年、今年からエージェント制を選びました。

エージェント制って、昨年の闇営業問題のときに話題になりましたが、正直よく分からないですよね?
なので、メリット・デメリットを挙げつつ、本当のところをお話していきます。

まず初めに書いておきたいのは、エージェント制を選びましたが、僕は吉本興業という会社が本当に大好きです。…と書くと、これからえげつない悪口が続きそうですね。
所属を選ぶ理由も分かるし、選ばれた芸人さんの判断は本当に素敵です。
ただ、僕にはエージェント制の働き方が合っていたとご理解ください。



エージェント制って何?

今年から吉本興業では、「専属エージェント契約」と「専属マネジメント契約」を選ぶことができます。

「専属エージェント契約」が、いわゆるエージェント制です。
エージェント制芸人は
・吉本興業が仕事はとってきてくれる
・それ以外のサポートがない
・個人事業主
単に、「窓口」の一つが吉本興業なのであり、「取引先」「提携先」といったイメージです。

「専属マネジメント契約」が、これまで通りのいわゆる所属です。
所属芸人は
・吉本興業が仕事をとってきてくれる
・マネジメントその他諸々のサポートをしてもらえる
・あくまで個人事業主
一般の方からすると、むしろこちらの方が分かりづらいのではないでしょうか?
拘束力は強いですが、最低賃金が適用されない通り、社員ではありません。
(その証拠に、僕は昔ある月のお給料が25円でした。吉本興業の素敵なところは、そこからちゃんと源泉徴収2円を持っていくところです)

ところで、実は僕は普段はコンビなのですが、相方は所属を選びました。そのため、吉本初「片方だけエージェント制コンビ」が誕生してしまいました。
社員さんたちもこのパターンは想定していなかったらしく、僕の活動上の様々なルール決めを上層部に確認しなければ、とざわついておられました。
おそらく、吉本上層部に僕らのコンビ名が知れ渡った最初の瞬間だと思います。

エージェント制のメリットは?

ここまでの説明だけではピンと来ないと思うので、具体的なメリット・デメリットを挙げながら説明していきます。

現状、僕が感じているメリットはこちらです。
メリット① 自由に仕事を受けられる
メリット② 動画関係の制限がなくなる
メリット③ 別の活動がしやすい
メリット④ ギャラの取り分が増える

メリット① 自由に仕事を受けられる

吉本興業に仕事を依頼すると、許可が出なかったり、許可が出るまでに季節が変わっていたりすることがあります。

これは致し方ないことです。
吉本興業はとても大きな会社です。一つを許すと、じゃあ他も、となし崩しに全てを許可する羽目になってしまう。
しかも、芸人には個性的で雑多な人が集まっている。そこに集まってくる仕事にも、条件の悪い仕事、本人や吉本のイメージを損ねる仕事、権利関係・競合関係に引っかかる仕事、違法なお仕事もきっと混ざっています。

しかし、エージェント制芸人には関係ありません

芸人をやっていると知人からご依頼を頂くことも多いのですが、これまで知人の結婚式の余興でもNGだったものが、エージェント制芸人は基本的に全てお受けできます。
何がきっかけでブレイクするか分からないという意味では、確実にチャンスは広がります。

メリット② 動画関係の制限がなくなる

許可の話で言うと、形に残る動画関係は特にデリケートです。
吉本では「YouTube」「SHOWROOM」などの公式な手段がありますが、アカウント開設に時間がかかったり内容にチェックが入ったりします。外部への出演にも制約があります。

理由は第一に、何が火種になるか分からないからです。
無名芸人でも、「吉本興業」の看板が乗っかることで叩く人たちの格好の的となります。

第二に、有料コンテンツが存在するからです。
お笑いは劇場のお客様にお金を払って観ていただいているものです。なので、動画も公平に有料にするという考え方が、吉本のベースにあるように感じます。

第三に、競合の問題です。
吉本には多くのプロジェクトやスポンサーが存在します。競合の確認が、形に残る動画ではいっそう慎重に必要です。

しかし、エージェント制芸人にはこれも関係ありません。

特に、ネタ動画の投稿が遠慮なくできることは大きいと思います。
今の人は、芸人について知りたいときまずはYouTubeでネタを探しますから、お仕事に繋がるとしてもその先にある話です。
媒体自体も、例えば所属芸人はSHOWROOMの競合媒体は利用できませんが、エージェント制芸人は利用して問題ないそうです。

メリット③ 別の活動がしやすい

ここ数年で緩くなっていますが、何かお笑いの予定が入ったとき、それをお笑いの仕事以外の理由で断ることはできません。
芸能の現場では何十人ものスケジュールを合わせる必要があるため、スケジュールが合わせられることも芸人の必須能力なのです。

一見、当たり前のようですが、アルバイト先にはかなり渋い顔をされます。だって、スケジュールが前夜に決まって、急にドタキャンしてくることもあるのですから。そのため、芸人のアルバイトは特定の融通の利く業種や特定の理解あるお店に集中します。

エージェント制でも、業界の事情は変わりません。ただし、契約内容に「決定前にタレントの承諾を得なければならない」とあるため、自己責任で断ることができます。
芸人も実用的なスキルが武器になる時代なので、お笑いと並行して別の活動やスキルアップに力を入れるには、エージェント制が向いていると感じます。

メリット④ ギャラの取り分が増える

ギャラの事務所側の取り分には、マネジメントなどサポートの費用も含まれています。そのため、吉本興業が獲得してきてくれた仕事でも、エージェント制芸人は所属芸人より多い割合でギャラを受け取ることができます。

うちの相方は喋りや動きのクセが強く、間近で話すと女子高生の5~6人に1人は相方が話すだけで笑うようになります。そのため、相方だけが目立つ機会もしばしばあります。
しかし、うちのコンビは僕だけがエージェント制です。そのため、コンビで仕事をした場合、「活躍にかかわらず」僕の方が数割多いギャラを受け取ることができます。

エージェント制のデメリットは?

メリットもあればデメリットもあります。

現状、このようなことです。
デメリット① マネジメントなどのサポートがない
デメリット② トラブルから守ってもらえない
デメリット③ 「吉本興業」の看板が使いづらくなる
デメリット④ 仕事が回ってこなくなる可能性がある

デメリット① マネジメントなどのサポートがない

契約内容で具体的に異なるのは、「スケジュール管理」「方向性のプロデュース」「プロモーション活動」「現場でのサポート」などが含まれないことです。

僕も、契約について相談に行ったとき、弁護士さんからこういった説明を受けました。
「これからはTVの現場に行っても、マネージャーは来てくれなくなります」と。
そして思いました。なんだ、今と変わらないじゃん、と。

売れている芸人さんでも、マネージャーは数組の芸人を掛け持ちしているという話をTVで聞いたことがあるかもしれませんが、吉本の最も若手が所属する「若手班」は、数千人の芸人を数人の社員さんが見ています。案件数も多く、一斉アンケートで条件に合う芸人を探すことも多いので、自分発信のアピールがないとお仕事には繋がりません。それでも、サポート態勢があるのとないのとでは、売れていくうえで違いが出てくると思います。

デメリット② トラブルから守ってもらえない

所属芸人であれば、トラブルやスキャンダルには社員さんが全力で対処してくれます。
社内には24時間相談ホットラインがありますし、顧問弁護士さんもいらっしゃいます。かつては、謝罪名人と言われた社員さんもいらっしゃいました。名立たる芸人さんの謝罪会見を見返してみると、実は、隣に座っているのは同じ人だったりします。

一方、エージェント制芸人は全て自己責任です。さらに、自由に仕事を受けられる分、リスクは高いと言えます。
謝罪一つとっても、会見時の顔の角度や照明の当たり具合にいたるまでコツがあるといいますから、傷心の状態でそこまで考えられるようなら逆に反省していないと思われてしまいますね。

ただし、エージェント制でお受けする仕事も、全て吉本による反社チェックは行われます。
そもそも、付き合う相手に気をつけるのはどこの世界も同じなので、エージェント制をどれだけリスクと感じるかは個人差があると思います。

デメリット③ 「吉本興業」の看板が使いづらくなる

地方に行ったときの「吉本興業」の威力は絶大です。なぜなら、日本の多くの土地は芸人に馴染みがないからです。
芸人というと最初は怪しまれたり距離を置かれたりする場合があるのですが、会社名を出すだけで信頼していただけ、グッと距離が縮まります。
所属のハードルの低さを知らない方には、面白い芸人だと誤解してもらえるオマケもあります。

エージェント制も、吉本興業の名前を出すことに問題はないのですが、誤解されて「吉本興業所属」と表現されると問題があるため、細心の注意が必要になります。
しかも僕の場合、相方は所属芸人であるために、コンビ名は吉本に属する権利となっています。社員さんと話し、念のため吉本外ではコンビ名を出さずに活動を行っています。

余談ですが、芸人は職務質問を受けがちです。深夜の公園で練習をしたり、怪しい小道具を持ち歩いたりしているからなのですが、そういうときにも吉本興業の名前を出すと納得していただけます。ただ、この点に関しては東京大学の方が効果を発揮します。僕が最も東大卒で良かったと思っていることです。

デメリット④ 仕事が回ってこなくなる可能性がある

これが一番大きいと思います。業界には「干される」という言葉もありますから。

そもそも僕の立場から見ても、同じ条件の「所属芸人」と「エージェント制芸人」がいれば、「所属芸人」が優先されて当然です。そのために所属芸人はスケジュール管理を一任し、いくつかの制約を受け入れているわけで、会社としても支払うギャラの割合が少なくて済みます。ある意味、所属というのは「やる気」や「忠誠心」を示すステータスとして一番機能すると考えています。

こればっかりは今後を見てみないと何とも言えないのですが、安心していただきたいのは、僕はエージェント契約に署名したその日にコンビの仕事が入りました(残念ながら、コロナで延期になってしまいましたが)。
今は世間も色々な働き方が認められていますし、人前に立つ芸人にこそ、アイコンとしてそういう存在が必要だと考えます。

まとめ

エージェント制には多くのメリットがあり、一言で言うと「自由」です。
反面、自由には「責任」が伴います。また、TVなどの大きな仕事や全国規模の仕事は、依然吉本興業の存在が大切です。
インターネットなどを活用して、独自に活動する部分と事務所に任せる部分の住みわけができれば強いでしょう。

昨今、ネタ動画の無料公開や副業芸人の増加の流れがあり、時代の転換点に来ているのだと思います。
これまで上手くいっていた吉本興業のシステムを尊重しつつ、個人に合った形を選ぶことが大切です。