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謎多き、芸人の上下関係とは?現役お笑い芸人が体験談を基に実態を解説

連載
公開日:2021年2月15日

執筆:東大卒芸人 山口おべん

1988年生まれ。私立開成中学校・高等学校、東京大学文学部言語文化学科言語学専修課程卒業。W東大卒コンビとして「アメトーーク!」など番組出演。 2020年1月から、コンビで自身のみエージェント制を選択。芸人になった動機はいくつかあるが、一番は「モテたかったから」。

芸能界の上下関係ってどんなイメージですか?怖いイメージ?
半分は正解です。そして半分は…もっと正解です。

さすがにそれは言いすぎですが、芸能界は現場ごとに顔ぶれが変わり、初対面でも近しく接する必要があるため、上下関係は仕事を円滑に進める生命線です。また、芸人の場合は普段の礼儀を徹底することで、舞台上で失礼ができるのも大きいです。

僕は芸人の中では上下関係が器用な方ではありませんが、それでも「世間の人ってこんなこともできないの?」と思うことがしばしばあります。あなたの上下関係力を確認する意味でも、芸人の世界を覗いてみてください。



芸人の上下関係① 先輩への挨拶は絶対

劇場・TV局など現場でまず行うのが挨拶です。基本的に、芸歴が上の方には絶対。特に大事なMCさんには、ご都合のいいタイミングに合わせて若手芸人が列をなすことも珍しくありません。現場以外の、たとえば街中で遭遇したときにも、ご迷惑にならなければご挨拶するか、もしくは気づかなかったフリをします。

挨拶ができないと仕事ができないと見なされ、上の先輩方に迷惑がかかるため、近しい先輩にも厳しく言われます。以前、僕が挨拶が中途半端になっていた時期には、1期上の先輩に呼び止められ、怖いお説教を食らいました。これ以来、僕は挨拶に気をつけているのですが、この話には続きがあります。


何と、横で相方がヘラヘラしていたので、ヒートアップした怒りの矛先が相方に…実は、相方は僕より3期上なのです。そうと知らないその先輩は、別の先輩が「こいつお前より先輩だぞ」と教えても「そういうの要らないんで」と一蹴。あとで真実と分かり、ひたすら土下座されていました。

ケースバイケースで、稀に挨拶をしづらい状況のときもありますが、僕自身、2~3年同じライブに出ていて一度も挨拶されたことのない後輩を覚えていたりするので、挨拶にはかなり根深いものがあります。

芸人の上下関係② 酒の席での振る舞い

上下関係のハイライトといえば、飲みの場でしょう。昔は「先輩言うことは絶対」という文化で、ナンパに動いたり無茶ぶりを聞いたりというのが後輩の務めでした。

いくぶん大人しくはなりましたが、「先輩の飲み物を絶やさない」「タバコを吸う先輩に灰皿を用意する」「空になった器を下げる」などは当然です。まあ、最近は料理の取り分けなども「各自で」と言って下さる先輩が多いのですが、後輩側も落ち着かないので、いかに動きやすい席を選ぶかという段階から水面下で戦いが始まります。

また、とある少し上の先輩から聞いた話です。その方が駆け出しのころ、先輩に飲みに連れて行っていただきました。遅くまで飲み翌日寝ていると、正午にその先輩から電話があり、言われた一言が「ゲームオーバー」。

分かりましたか?その方は、翌日の午前中までに「お礼の連絡」をしなければいけなかったのです。芸人は別れ際に5~6回は「ありがとうございました」と言うのに、まだ足りないらしいです。僕の周りは文化系なので緩いですが、体育会系の後輩と飲むと翌日や、より入念だと別れて5分後にお礼の連絡が来ます。

芸人の上下関係③ 連絡のマナー

たとえば、新しくLINEグループに参加したとき、よく仲間内で相談したりするのが「挨拶する?」という話。

当然、名乗るのがマナーです。けれど、芸能は1人挨拶するとみな律儀に挨拶や返事をして、先輩に通知が行きまくるのでかえってご迷惑。なので、ちょっと間様子を見たりしますが、乗り遅れるとそれはそれで悪目立ちして挨拶しづらくなり、「僕の存在に気づかないでくれ」と願った夜は数え切れません。

タイムリーなところでは、新年のご挨拶も悩みの種です。僕が一年目に教わった伝統は、「ケータイに連絡先が入っている先輩全員に電話する」こと。ただ、昔と今とでは連絡先の桁も、電話への抵抗も違います。先輩側も面倒くさく、LINEでご挨拶しても半数は翌日まで未読の有様のため、最近はなるべくお会いしたときご挨拶する形にしています。

芸人の上下関係④ 先輩は後輩におごる

ここまで、後輩ばかり損に聞こえるかもしれませんが、先輩も大変です。「先輩は後輩におごる」という鉄の掟があるからです。売れている方だと、旅費持ちで後輩一家を旅行に連れていった挙げ句、旅先で寄付するためのお金までせびられたという話をTVで見ました。

さすがに若手だと、旅行は「宿泊費・交通費は各自」とあらかじめ断っておいたりしますが、それでも食費等でバカになりません。昔は借金してまで後輩に奢るというのが美談でしたが、ほどほどに線引きしないと、増えるのはバイトのシフトだけです。

僕の相方は以前、後輩が1人5000円の占いに行きたいというので2人で行き、そのまま飯に行く流れになりました。ラーメンくらいかと思ったら、「おいしい魚が食べたい」と言われ、お店を探して行き、結局1日で17000円かかりました。ちなみにその時の占いでは、2人とも翌年に売れると言われたそうです。これが3~4年前の話です。

お笑い芸人の上下関係は緩くなってきている


既にちらほら書きましたが、上下関係は年々緩くなっています。これには大きく3つの理由があると考えます。

1つ目は、事務所が増えたことで伝統が受け継がれなくなったこと。特に、移籍で入る人が多い事務所だと、「事務所歴は先輩で芸歴は後輩」みたいな例や、そもそも芸歴の上下が分かりづらいという理由もあります。

2つ目は、芸人になる層が多様化し、これまでの上下関係が通用しなくなったこと。序列に馴染みのない草食系や文化系のほか、僕の同期には65歳のおばあちゃんや中国人のおばちゃんもいます。彼らの場合、本人が後輩扱いを望んでも、先輩が遠慮しがちです。

3つ目は、社会全体の変化。ハラスメントに厳しい目が向けられ、たとえば養成所も、約10年前から暴力まがいの指導は禁止されました。また、SNSの普及で交友関係が爆発的に広がり、これまでの丁寧さでは手に負えなくなりました。

それでも、上下関係を貫く意義はあります。芸人は周りへの気遣いの仕事ですから、付き合いの中から身につく洞察力や、関係の築き方は財産です。時代とともに付き合いの形は変わっても、芸人の根っこの部分は変わらないでほしいものです。

執筆:東大卒芸人 山口おべん

1988年生まれ。私立開成中学校・高等学校、東京大学文学部言語文化学科言語学専修課程卒業。W東大卒コンビとして「アメトーーク!」など番組出演。 2020年1月から、コンビで自身のみエージェント制を選択。芸人になった動機はいくつかあるが、一番は「モテたかったから」。