キレ芸芸人!
執筆:吉松ゴリラ
SHUプロモーション所属。宮崎大学大学院主席。もともとコンビで活動していたが、解散後ピンへ転身。「激レアさんを連れてきた。」「新春おもしろ荘」「ガキの使いやあらへんで!」「ウチのガヤがすみません!」など多数出演。
キレ芸芸人ーー・・。
彼らはどの時代に於いても、一定の需要が存在する。それは「キレ芸」に、強い感情が乗っかっているから。一重に「笑いとは共感」であり、「共感とは感情」である。キレ芸とは、他を圧する程強い「怒」の感情を強烈に打ち出す芸であり、この強い感情へ共感を促し、大きな笑いを生む芸である。
今回は、この「キレ芸」をご紹介させて頂く。
是非、ご一読頂きたい。
目次
大きく分けて2パターン!「キレにいく瞬間」でカテゴリ分け!
ここでは、「キレ芸」を大きく2パターンにカテゴリ分けしてご紹介させて頂く。逆説的に言えば、ここで分けた2パターンは「キレ芸が求められる瞬間」でもある。もしこれからキレ芸をマスターしたいという方がいれば、是非参考にして頂きたい。
かかってきたら、即キレる!必殺カウンタータイプの人々!
他人からのフリに対して、ブチ切れて返すカウンタータイプ。「他人からのフリ」は、いわゆる「イジり」である場合が多い。その「イジり」に対し、間髪入れずに返すコメントで笑いを取る。後ほど紹介する「王道!ブチ切れタイプ!」に多いイメージ。
彼らには、持ち前のワードセンスを武器にする者や、唯ひたすらに声を張り上げる者などが存在する。もちろんワードセンスは高ければ高いほど良いし、声は大きければ大きい程良い。しかし彼らの本質はそこではない。彼らの本質はそう、「被害者が似合う」という事に他ならない。
このカウンタータイプは、一見「イジりに対して反応をしている」だけに見え、簡単な笑いに見える。しかし実際に舞台に立ってみて分かる事だが、同じイジりをされても、他の芸人を抑え、爆発的にウケる芸人が存在する。そして、それが彼ら。
芸人の世界は競争の世界である。この世界での「イジりに対してウケる」は、「仮に100人の芸人に同じイジりをして、その中で一番ウケるのは誰か?」という言葉と同義である。ウケるのは当たり前で、どれだけウケるかで競争をしている。
そんな中、この「他の芸人を抑え、爆発的にウケる芸人」を並べていくと、「被害者が似合う」という共通点が見出される。
ある者は叩きたくなるようなふてぶてしさがあり、ある者はイジめてやりたくなるような愛嬌がある。プライドが高い割にポンコツが目立つ者や、暗い割にブチ切れるという感情の落差が激しい者もいる。個人個人によってその特質は違うものの、「被害者」に回っても、痛々しくならず、お客さんが笑いやすいというのが、この人々。
ちなみにこのジャンルの人々は、名前を間違われたり、ビジュアルをある特定の物に例えられたりと、お決まりのくだりがあるケースも多いのも特徴。
こちら側からキレにいく!宮本武蔵タイプの人々!
カウンタータイプと違い、誰に何を言われる訳でもなく、こちら側から相手に対してキレにいく人々。このタイプは、独自の思想を持っていたり、偏見に偏るケースが多い。
相手に何を言われる訳でもなく、こちら側からカミついていく。その範囲はその場にいる芸能人から、街で見かけた人まで多岐に渡る。彼らは自分の信条と照らし合わせ、他人の言動について抱いた疑問を大きな声でまくし立てる。
一見誰彼構わずキレ散らかしている様にも見えるが、改めて、そこには彼らなりの「信条」がある。あくまで「自身の思想・理念」に基づいて、善悪をジャッジしているのだ。
強烈な我を持ち、ある意味嘘偽りのない真実の言葉をあげる彼らには、その言葉に共感を得た、ある一定のファンが付きやすい。ファンにとってこのブチ切れ芸人は、自分自身の代弁者。教祖を支持する信者の如く、熱烈な想いを寄せていく。彼らは移り変わりの激しいファンが多い中、結構しっかりファンをしてくれる。
ありがとう、今後もずっとお笑い界を支えておくれと言葉を贈りたい。
ざっくり分けるとこんな感じ!キレ芸を「個性」でカテゴリ分け!
芸人は各々得意な芸風があり、自分の個性によって怒りを表現する。ここでは、そんな個性に注目してキレ芸をカテゴリ分けしてみよう。
これが王道!ブチ切れタイプ!
キレ芸といったら真っ先に頭に浮かぶ、ブチ切れタイプ。弾ける声量と弾けそうな血管を武器に、今日も現場を盛り上げる。
ブチ切れタイプは、基本的に「張り芸」の芸人が多い。「張り芸」とは「大声を張る芸風」の事で、芸風としては王道でありながら万能。「張り芸」のツッコミは、ほぼ全ての現場でウケ易い芸風であり、どの現場でも重宝される。
その芸の多くは「イジられた時」に発揮され、爆笑をかっさらう。逆に「その場にいない人」などにキレる場合は、ややトーンを落とす。何故なら、その場にいない人へのキレは、「攻撃」であるから。視聴者目線で見た場合、「イジりへの返し」は、「自分を守るための防御」となるため笑いやすいが、「この場にいない人に対してキレる」は、「陰口」であり「攻撃」。血管千切れんばかりに叫ぶ芸風のため、それが「攻撃」として見えると怖く映ってしまい、笑いずらい。そのため、よっぽど悪い事をされたなど「その場に居ない人に対してキレる理由」が無い限りトーンを落とすのが、通例。
そう、彼らもプロフェッショナル。ウケるからブチ切れるのであって、ウケなければブチ切れはしない。盲目的にキレ続けているように見えて、ちゃんと計算しつつブチ切れの引き出しを開けているのだ。
しつこくネチネチ!ロートーンタイプ!
重箱の隅をつつくような話を、しつこくネチネチと話すロートーンタイプ。彼らの静かな怒りは、エピソードトーク等で発揮される。
「何故、そんな事になったのか?」・「どうして、こういう行動をしないのか?」という事を、常識に照らし合わせて永延と詰めていく。
彼らのトークの特徴は、聞き手に「言っている事は分かるが、この人ってややこしい」という印象を持たせる所。つまり「怒りの正当性はある」が、「そこまで怒らなくても良い」という怒り。ちなみにここが、以下で紹介する「奇人タイプ」との違い。
あくまで彼らの怒りは「常識的に見て正しい」。しかし「そんな事でそこまで怒るか」という、カリカリとした心のささくれだちが滑稽であり、その「人間性」がこの笑いの本質。
君が言うならそうだろう!奇人タイプ!
独自の信条と美学から、独自の怒りを形成するのがこのタイプ。上述した、「宮本武蔵タイプ」に多いイメージ。奇人タイプと言うとやや大仰だが、とにかく世間一般とは異なる価値観を持つ人が多いのが特徴。その例は過度にやさぐれていたり、達観しすぎていたりと様々なタイプが混在する。
先ほど述べた通り、ロートーンタイプの場合は「怒りの正当性」は「常識的に見て正しい」。しかし奇人タイプの怒りの根本は、実は常識から微妙にズレている。それは「常識が世間一般の多数決で決まる」と仮定すると、あまりに「彼らがマイノリティだから」。つまり「彼らが属しているマイノリティの世界」であれば常識かもしれないが、「世間一般の常識からはズレている」といった感じ。
分かりづらいと思うので例を挙げると、「ギャル独自のコミュニティ文化」や「潔癖症の人の清掃行動」等がそれに当たる。
ギャルであれば「一回飲んだのに、次会ったらよそよそしい。一回飲んだら一生友達じゃん!」と怒ったり(いやギャルにこういう文化があるかは知らないんだけど。ただ言いたい事は伝わると思う)、潔癖症の人は「私は、誰が触ったか分からないドアノブを触りたくない。国が手袋の着用を義務化して欲しい!」と怒る。そう、彼らはそのズレた常識からの怒りを語るのだ。
この怒りの特徴は、聞き手に「自分はそうじゃないけど、君が語る怒りは分かる」という印象を持たせる所。これはつまり、聞き手が「彼らの性格」を含めた怒りへ共感しているという事であり、この怒りは「世間からズレた彼らなりの正義」が笑いどころになる。
ちなみにこのジャンル、察しの良い方はお気づきかもしれないが、「マイノリティ」と言いながらも「一定の認知度」があるジャンルでないと笑いにならない。「潔癖症」という概念が無い世界に置いては、「私は、誰が触ったか分からないドアノブを触りたくない」という主張の前提部分が、理解されない。その場合聞き手が全く話に付いてこず、主張した者は只の異常者として扱われる。極稀に「超天然芸人」などのレッテルで、「おまえ何言ってんだ?」扱いをされている芸人がそれに当たる。
ちなみにこれ、「芸人だからそれでもいいじゃん、おいしいじゃん」と言われればその通りだが、このタイプの芸人は1番組に2人は要らない。そのため微妙に露出に制限がかかってしまう。
しかし、あくまで彼らの主張が悪い訳では無い。この現在において、彼らの属しているマイノリティがカテゴリ分けされていないだけ。長い年月をかけカテゴリ分けが進めば後世で評価される、芸人界のゴッホなのだ。
まとめ
今回はキレ芸についてお話しさせて頂いた。
キレ芸は、上述した内容の「キレにいく瞬間」と「個性」の掛け合わせにより、様々な変化を見せる。バラエティを見る時、そこに注目してみるとまた、違ったおもしろさを発見できるかもしれない。
このコラムがみなさんのお役に立つと幸いだ。
ご一読、ありがとうございました。
執筆:吉松ゴリラ
SHUプロモーション所属。宮崎大学大学院主席。もともとコンビで活動していたが、解散後ピンへ転身。「激レアさんを連れてきた。」「新春おもしろ荘」「ガキの使いやあらへんで!」「ウチのガヤがすみません!」など多数出演。
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