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芸人の辛さ

連載
公開日:2023年11月12日 更新日:2023年11月24日

執筆:吉松ゴリラ

SHUプロモーション所属。宮崎大学大学院主席。もともとコンビで活動していたが、解散後ピンへ転身。「激レアさんを連れてきた。」「新春おもしろ荘」「ガキの使いやあらへんで!」「ウチのガヤがすみません!」など多数出演。

一見楽しそうに見えるお笑い芸人だが、その芸人活動には辛い事も多分に含まれる。ベタな所だと、成果が出るまでのスパンの長さや、それまでの貧困、相方との人間関係などがそれに当たる。

上述したメジャーな内容は以前のコラムでお話させて頂いたため、今回は、ボディブローのようにじんわり効いてくる、地味にイライラする辛さにスポットを当てたいと思う。

是非、最後までご一読頂きたい。



地味に辛い!ナメられる!

芸人という地位がある程度向上している現在、一昔前のように「あからさまに、こいつ芸人をナメてきてるな」というケースは少ない。また芸歴が進むにつれ、必然付き合う周りの人間も社会人として成熟した人間となり、不道徳な言動を取る人も減っていく。

しかしなんだかんだで、芸人というのは深層心理で下に見られているケースが多い。いや、正確にいうと「芸人」が下に見られているのではない。「売れていない若手芸人」が下に見られているのだ。

ちなみに「あなた、売れていない若手芸人を下に見てますか?」という質問に対して「はい」と答える人間は絶対にいない。しかし言動と照らし合わせると、どう考えても下に見ている言動を取ってくる人たちが存在する。

そう、彼らは「職業に対して差別的な対応を取るのは、低俗な行為である」という社会の矯正によって「あからさまに下に見る」という行為をしないだけで、深層心理下では、やはり一つ下に見ているのだ。

このケースのイラだたしい所は、本人にその差別的意識の自覚が無い所。自分は本当に「芸人を下に見ていない、道徳心を持った人間である」と思っており、むしろ寛容で、敬意を払って接していると思っている。自分が悪と認識していない、真の邪悪。それが彼ら。

散々書いたが、一番悪いのは売れていない芸人だという事実を告知しつつ、ここでは彼らに取られる言動をご紹介する。

おまえのライブは仕事じゃない!ライブが仕事認定されないイライラ!

芸人といえばライブ、ライブといえば芸人の仕事。どんなに小さなライブでも、客前でネタを叩いていかなければ良いネタを作る事が出来ない。恐らくどんな賞レース王者も、「これから客前に出ず、自主稽古だけでネタを作らなければならない」という制約を課すと、数年後はかなりズレたネタばかりする。はず。

若手芸人の場合、このライブでは基本ギャラはもらえない。そのため賞レース前などでライブの出演本数を増やすと、当然お金が無くなってくる。そんな渦中に、バイト先で「ライブに出過ぎてお金が無い」とこぼすと、バイト先のみんなに、ガチトーンで「働け」と言われる。

こちら側からすれば「ライブが本業」で、「バイト先はあくまでバイト」なのだが、彼らからはバイトの方が仕事の如く「働け」と言われる。そう、彼らは「売れていない若手芸人のライブ」は、心の底では仕事認定していないのだ。

バイトの欠勤が増えると、周りのバイト仲間に負担が増える。平時は応援すると言ってくれている人でも、徐々にその様相が変わってくる。「ライブって何してるの?」「それでどれ位、お金もらえるの?」と聞いてくる。

そして「え?お客さん10人?それってライブじゃなくない?」「え?ギャラ0円?それってライブじゃなくない?」と続き、最終的に全ての結論が「もっとがんばってるなら分かるんだけど。そんなライブなら、バイトももう少し出てよ」と繋がる。

平時ではなく、負担が増えた時にその人の本質的な考えが見えるもの。これが「ライブのギャラが100万円」であれば、バイト仲間もこんな事は言わないだろう。

つまり彼らにとって「ライブ = 仕事」では無い。「高額なギャラが発生するライブ = 仕事」だが「ギャラが発生しないライブ = 仕事ではない」というのが、無意識下での考えの本質。つまり若手芸人が出演しているしょぼいライブなど、仕事では無くただの趣味なのだ。

しかし改めていうが、これはそのレベルの舞台に立てていない芸人側が悪い。そう自分に言い聞かせ、自身を洗脳し、今日もバイト先の店長の小言を聞く。

だからおまえはダメなんだ!社会人の説教をくらうイライラ!

芸人を続けていると、多少なりとも芸人以外の交友関係も増えてくる。そうすると真っ当な社会人の道を歩んでいる彼らから、時に謎の説教を喰らう。割と言われる言葉が、「だからダメなんだよ」。

例えば最近多いのはSNS戦略についてのダメ出し。YouTubeやTikTok、Twitterやライブ配信など、各種SNS関連で人気者が頻出しているこのご時世、そこへ進出する事は一種のトレンド。そうして彼らは、そこへの参入を必要以上に勧めてくる。

こちらも、「バカだから参入していない」という訳では無い。週5のバイトの隙間を縫って週3ほどライブに出演し、更にその隙間を縫ってネタを作り、稽古をする若手芸人にとって、更にもう一作業を増やす事は時間的に見てかなり難しい。

特にピン芸人であると、作業の手割りが出来ないため、本来コンビが分担しながら行うスケジュール管理やライブ情報の収集、コント衣装道具を探しに街へ飛び出す時間も必要になってくる。

そのような理由で、今の所時間的に無理なのだと伝えた時に切り返されるのが、上述した「だからダメなんだよ」。ちなみにこの「だからダメなんだよ」、社会人である方ならご納得頂けると思うが、昨日今日知り合った他業種へ使う事は基本的に無い言葉。

弁護士や医師のような専門職から、金融業・不動産業でも何でも良い。とりあえず、自分が未経験の分野に対しては基本使用しない。何故ならその分野の実情が分からない限り、的確な判断が下せる訳ではないから。

当然彼らも、この常識は知っている。知っているから、他業種にこの言葉を使う事は絶対に無い。しかし、やはり「売れていない若手芸人」に対しては、おはようおやすみの挨拶レベルで簡単に使われる。

そうしてここから、彼ら独自のSNS戦略について聞かされる。何故か上からくる不思議もはらみつつ。当然のように、彼らはSNSでバズった事など一切無い。YouTubeを勧める彼らは、YouTubeの動画投稿を行なった事も無い。

しかし何故か、SNSに取り組めば比較的簡単にバズるという甘い見積もりがあり、そこに手を出していない芸人を遠巻きに罵倒する。手を出さない理由を話しても、何故か不思議と納得しない。

かたくなに頑固。「だったらおまえがやれよ」と思うが、自分では意地でもやらない。彼らが芸人を否定する根底にあるのは「SNSでバズってる奴がいる」という脆弱な事実だけなのだが、SNS戦略から意地でも撤退しない謎を残す。あと、段々不機嫌になっていく。困る。

しかし改めていうが、これはSNS戦略が関係無いくらい売れていない芸人側が悪い。そう自分に言い聞かせ、今日もよく分からない社会人の小言を聞く。

芸人なんだ!なんかやってよと言われるイライラ!

今回紹介するものの中では、割りとメジャーなもの。ここ数年、芸人がTVバラエティで「こういう一般人はイタいよね」という話の中に頻繁に登場し、最早芸人以外の人も周知しているお笑いのマナー違反。しかしこれだけ周知されているにも関わらず、今もなお変わらずこのジャンルの人々は多数存在する。

ちなみにこれも「売れていない若手芸人」が、ナメられているからに他ならない。

初対面のパーティで「あっ、料理人なんだ、調理場でなんか作ってよ」「あっ、事務員なんだ、ここの書類の整理してよ」という言葉の投げかけが存在しないように、「若手芸人」に「仕事」としてのリスペクトが無いので成される投げかけ。

恐らくこの投げかけをするほとんどの人が、さんまさんやダウンタウンさんを前にしたらこの投げかけは絶対しない。なぜなら社会人として、それが「失礼」に当たるという事を、十二分に理解しているから。意識的か無意識的かは置いておいて、あくまで「売れていない若手芸人になら良いだろう」と考えて、このセリフを投げてくる。

ちなみに極稀に、「こいつさんまさんやダウンダウンさんを前にしても、何かやってよって言いそうだな」というノンデリカシーの激ヤバ一般人も存在し、それはそれで芸人の心をイラ立たせる。

ちなみにこれ、何故イライラするかというと「無茶振りであり、そこから何をやってもスベりやすい」という事実の他に、「自分のネタや芸に対して、全く敬意を払われていない」という根本的な話がある。

芸人は睡眠時間を削りネタを書き、舞台にかけて内容を精査する。時にそこまでしたネタが全くハマらず、完全ボツになる。そうして作られる鉄板ネタは、1年に数本できれば良い方。

興がのった芸人側が勝手にやり出すならいざ知らず、他人がおいそれと気軽にやってみてよと言って良いものでは無い。しかもタダで。

しかしこの問題の本質は、一般の人が持つ「若手芸人はみんな、ネタをやりたいものだと思っている」という誤解にある。実際、舞台数が少ない芸人や「何かやれば仕事に繋がるだろう」と考えている芸人は、ここぞとばかりにネタをやる。言ってしまえば芸人は全員個人事業主であり、各々の考え方によって取る行動も違う。

そういう芸人を見た機会があれば、普段芸人に接する事の少ない一般の人が誤解するのは仕方の無い事でもある。

ちなみにこういう話をすると、上述した社会人が「仕事に繋がるかも知れないんだろ?だったらやれよ、だからダメなんだよ」と言い出したりする。

改めて言うが、この「なんかやってよ」というセリフは、料理人に対して「あっ、料理人なんだ、調理場でなんか作ってよ」と言う程度には失礼な行為であるという事。仕事に繋がるかもしれないし、それを良しとする人もいるかもしれないが、決して強制するものでもないという事だけ、知って頂きたい。


まとめ

今回は、芸人の辛さについてお話させて頂いた。

上述した通り、これらのイライラは芸人でもある程度芸歴を重ねないと分からない部分で、割とニッチな内容になっている。

いまいち良く分からなかった方は、そういうものだと思って、芸人に少し優しくして頂けると幸いだ。

このコラムがみなさんのお役に立つと幸いだ。

ご一読、ありがとうございました。

執筆:吉松ゴリラ

SHUプロモーション所属。宮崎大学大学院主席。もともとコンビで活動していたが、解散後ピンへ転身。「激レアさんを連れてきた。」「新春おもしろ荘」「ガキの使いやあらへんで!」「ウチのガヤがすみません!」など多数出演。