コンプレックスを武器に変え、自分のスタイルを見つけよう(ルシファー吉岡さんインタビュー)
執筆:takazawa
今回はピン芸人にインタビュー!ずっと会いたかったルシファー吉岡さんにインタビューの機会をもらうことができました!
並河
ルシファー吉岡さんプロフィール
生年月日 | 1979年10月13日 |
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血液型 | O型 |
出身地 | 島根県 |
趣味 | 読書(漫画・ミステリー小説)、eスポーツ観戦(ストリートファイター5) |
<受賞歴>
☆R-1ぐらんぷり2016,2017,2018,2019決勝進出!!☆
☆第5回「お笑いハーベスト大賞」優勝☆
出典:マセキ芸能社タレントプロフィール(https://www.maseki.co.jp/talent/lucifer_yoshioka)
ルシファー・吉岡さんから、これから芸人を目指す笑まる。読者に激励コメントをいただいています!
一般的にはコンビで活動することの多いお笑い芸人ですが、ピン芸人にはピン芸人の良さや苦労があるそうです。そういった点にも着目してお話を伺いましたので、ぜひご覧ください!
並河
目次
人を泣かせた人生最速記録。母親が1秒で号泣した「芸人になる」決断。
芸人を目指すきっかけはなんだったのでしょうか?
芸人を目指すようになったのは、高校の文化祭がきっかけでした。まぁありきたりではあるんですが、文化祭で友達とコンビを組んでお笑いネタをやったところとてもウケまして。
それで気持ちが良くなって、そのコンビを組んだ友達とお笑い芸人を目指すようになりました。
なぜそこから、大学院を出て一般企業に就職することを選んだのですか?
大学院に入ったこと自体に深い意味があったわけじゃありません。高校の時にまず一度芸人を志した時に、家族に相談したところ「大学を出てからでいいんじゃないか?」って言われて。その時は「それもそうか。」と思って大学に入学しました。
そこからも芸人を目指す気持ちは変わらなかったのですが、4年生になったあたりで一緒にコンビを組んでいた相方が、「やっぱり自分は就職する」と言い出しまして、自分は就職を考えていなかったので、いったん猶予期間を作ろうと思って大学院に入学しました。
「お笑いといえばコンビだよなー」と思っていたので、相方と別れてからはお笑いは一旦忘れて、普通の企業に就職することにしました。
そこまでして就職したのに、脱サラしてまた芸人を目指すのはすごい勇気ですよね。何か心境の変化があったのでしょうか?
結局のところ、就職してもどこかで「お笑いやりたいなー」と気持ちが拭えなかったんです。仕事自体がつまらなかったわけではないんですが、やっぱり一度諦めたお笑い芸人の夢がどうしても忘れられずにいました。
あとは、劇団一人さんやバカリズムさんを知って、「ピンでもこんなに面白いことができるんだ」と感動しまして。その時まではお笑い芸人といえばコンビと思ってたんですけど、ピンでチャレンジしてみようと思いました。
それで、最初にもらえるボーナスのタイミングで退社することにしました。
ご両親の反応はいかがでしたか?
いやもう、凄かったですね(笑)会社やめてお笑いやるって決めた時に、母親に電話したんです。そこで「俺やっぱりお笑いやる」って言った瞬間、もののの1秒で「わーーーん!!」と号泣。人生で人を泣かせた最速記録を更新しました(笑)
それからもしばらく、R-1出るようになるくらいまではホント連絡もとらず疎遠でしたね
R-1に出たあたりからは、徐々に理解が得られるようになってきたんですか?
そうだと思います。
R-1でやったネタが「キャンタマンクラッカー」っていうネタでして。私が学校の先生という設定なんですけど、生徒の一人がパンツを食い込ませてキンタマを露出させてそれを上下に振り、アメリカンクラッカーのようにペチペチすることを「キャンタマンクラッカー」と名付けるっていう話でして、それをひたすら褒めちぎるっていう大変下品なネタなんですけど(笑)
その放送の後に母親からLINEがきて、
「ゴールデンタイムにキャンタマンクラッカーなんてネタやっちゃアキャンタマー」
て書いてあったんですよ。
「お、これは、そんなに悪く思ってないんじゃないか?」って感じですよね。やっぱりテレビで見ると、気持ちが変わってきたりするんでしょうね。この時期あたりでやっと、両親の理解も得られるようになってきたと思います。
マセキタレントスクール時代。とにかく言われたアドバイスを素直に受け入れると決めていた。
R-1で活躍される前のストーリーも聞いてみたいです。脱サラしてすぐにマセキタレントスクールへ入られたんですよね?
そうですね。1年間マセキタレントスクールに入りました。先生がしっかりしているっていうのもあったんですけど、当時やっぱりお金が無くて。比較的安いという理由でマセキタレントスクールを選びました。
一週間に一回ネタを先生に見てもらう、それでアドバイスをもらってネタを磨くっていうのが授業内容でした。
スクールに通われていた時代のルシファー吉岡さんってどんな感じだったんですか?
いやー、最初は全然ウケなかったですね(笑)
というのも、僕なぜか最初、横向きでネタやってたんですよ。普通お客さんの正面を向くじゃないですか。それを、恥ずかしいって理由でずっと横向いて喋ってまして。
そりゃウケるわけないですよね。そしたら先生が「前向いたほうがいいよ」って言ってくれまして(笑)無事前を向くようになりました。当たり前なんですけどね。
僕も最初はそんなとこからスタートしてますからね。
せっかく脱サラしたのにって感じですよね。焦りとかもやっぱりあったんでしょうか?
そうですね、芸人になるって決めた時は、もっと自分はうまくやれるだろうと思っていたので、そのギャップにかなりの危機感を覚えました。ベタなんですけど、不安でうなされて夜中ハッと目が覚めるなんてこともありました。
自分ははじめるのが遅かったのもあって、時間を無駄にしたくなかった。だから、吸収できるものは全部吸収しようという気持ちでやっていました。
昔の自分だったらもっと尖ってたと思います。自分のやり方でやるんだ!みたいな。
でも、例え理解できないアドバイスだったとしても、とりあえず言われたことをやってみようと思って取り組んでいました。
そのおかげでだいぶ時間が短縮できたと思います。
僕の下ネタはナチュラルボーン。ルシファー吉岡独自のスタイルが確立した背景。
スクールを出て、ピン芸人でデビューされてから、どのような活動をされていたのですか?
スクールを出てからは、マセキのライブにひたすら出ていました。とにかく面白いことをやることが求められるので、そこでお笑い芸人としての力をつけることができました。
芸人の活動だけで時間が埋まるということもないので、バイトもしてましたね。芸人になってから最初の頃って、結構そうゆうのが多いと思います。
やっぱり持ち味の下ネタで徐々に注目を集めて行った感じなんですか?
そうといえばそうなんですが、実は下ネタを封印していた時期もあったんです。というのも、マセキ芸能社は昔から続く由緒正しい芸能事務所なので、芸に品がないのはやっぱり良くない風潮なんですよね(笑)
で、1年くらい下ネタじゃない普通のネタをやってまして。で、まぁこう言っちゃなんですけど普通のネタでもウケるんですよ。
ただ、もうどうしても我慢できなくなってしまって(笑)マセキのライブで「女性の護身術から身を守る護身術」っていう変態目線の最低なネタをやったところ、その時のお客さんにとてもウケまして。それで事務所の人も「やっぱりルシファーは下ネタが合うかもね」となってくれて、下ネタが解禁になりました。
封印してた時があったとは驚きです。でも、なんでそこまで下ネタにこだわるんですか?
別に私の下ネタは何かを狙っているわけではないんです!別に下ネタがウケるからとか、キャラ付けとかでは無くて。
ただ、僕が思いつく面白いことの8割が下ネタなんですよね(笑)ナチュラルボーンなんです。
笑まる。読者へ「迷ってるなら、どうせいつかはやるでしょ。だったら早いほうがいい」
ピン芸人のメリットとデメリットってなんでしょうか?
まぁまずデメリットでいうと、一人っていうのは相談する相手がいないので全部自分で考えなきゃいけない。これはメリットにもなりますが、やっぱりコンビやトリオで話し合うということができないのはデメリットかもしれませんね。
あとは、ピン芸人の場合ネタをやってても何をやってるのかぱっと見わかりづらいってのもありますね。例えば、舞台の上に2人人が立っていて、真ん中にマイクがあったら、遠目に見ても「あ、漫才やってるな」ってわかるんですよ。でも、僕の場合一人お芝居、のようなジャンルなので少し見ただけじゃネタやってるってわかりづらい。これが営業の場面とかだと苦労しますね。
メリットについては、揉めないこととかですね。コンビやトリオとかだと、やっぱり方向性の違いで喧嘩になったりとか、最悪解散になったりとかで大変なことも多いとは思います。ピン芸人はそうゆう悩みを持つことはありません。
あと、なんといってもピン芸人のいいところは、ギャラを一人でもらえることですね(笑)コンビだと、もらった報酬は折半じゃないですか。僕の場合は一人なので、コンビと比べたら単純に2倍もらえることになります。このメリットは大きいですね。
笑まる。読者には養成所選びに苦戦している人もいるようです。お笑い養成所を選ぶコツはありますか?
これを言ったら身もふたもないんですけど、養成所選びそのものはそこまで重要ではない気がします。というのも、養成所はあくまで学ぶところなので。頑張るやつは、結局どこに行っても頑張るし、できる人はどこでもできるんですよ。どの養成所も講師陣はしっかりしていますし、自分が学ぶ姿勢のほうが重要だと思います。
ただ、事務所選びは重要かもしれませんね。事務所によって、抱えているタレントも違いますし、特徴も異なります。なので、もし入りたい事務所があるのであれば、その事務所に入りやすい養成所に入るのがおすすめです。吉本さんであればNSC、ワタナベであればワタナベエンターテイメントスクールに入ったほうが良いと思います。
これからお笑いを目指す皆さんに、メッセージをお願いします!
自分の場合、大学院まで出て就職したにもかかわらず結局お笑い芸人を目指すことになりました。迷っているなら、一歩踏み出してみることが大切だと思います。結局やりたいことって、最終的にやるじゃないですか。
あとは、僕みたいにモテないコンプレックスを持っている方。お笑いはいいですよ、そのコンプレックスを笑いに変えることができますので。しかも、芸人になるとほんの少しだけモテるようになります(笑)
芸人として、皆さんとお会いできることを楽しみにしています。
ルシファー吉岡さん、ありがとうございました!
インタビュアー:
部屋まる。代表 並河
ルシファー吉岡さんは元々サラリーマン出身。そこからマセキタレントスクールに1年間通い、最初からピン芸人としてデビューをされました。
ルシファー吉岡さんのネタといえば、普通思いつかないような「変態」が登場する下ネタが印象的ですが、そういった芸風にたどり着くまではライブを中心としたステージでの試行錯誤があったようです。
素直に人からのアドバイスを受け取ると言ったエピソードが印象に残りました。言うのは簡単ですが、なかなかできませんよね。実は堅実に努力を重ねてこられたのだなと、いつの間にか尊敬の気持ちで話を伺っていました。
執筆:takazawa