お笑い芸人なら知っておきたい!ネタ以上に大切な前説の本質とは
執筆:吉松ゴリラ
SHUプロモーション所属。宮崎大学大学院主席。もともとコンビで活動していたが、解散後ピンへ転身。「激レアさんを連れてきた。」「新春おもしろ荘」「ガキの使いやあらへんで!」「ウチのガヤがすみません!」など多数出演。
前説というと、みなさんはどんなイメージをお持ちだろうか。
「本番前の前座」「主人公ではない脇役」「売れていない芸人が頑張る場所」というイメージが一般的かもしれない。
今回のコラムを読んで頂ければ、
・芸人にとって前説とは
・前説が取り払わなければならない「お客さんと演者の壁」
・前説が行う「客イジり」の本当の意味
・前説一連の流れ
を、ご理解頂ける。
是非、最後までご一読頂きたい。
目次
ネタ以上に大事な一面も!芸人にとって前説とは
芸人にとっての前説は、「平場のトーク力」を鍛える場。
若手芸人は前説を通じてお客さんとの会話のやり取りをし、どんな状況にも対応できる対応力をつけていく。
前説は、「ネタ」という「稽古の成果」を見せる場と違い、アドリブ力や客席の空気を読みながらのトーク展開など「平場のトーク力」が鍛えられる。
コーナー企画などと違い、舞台上に立っているのは自分達だけ。助けてくれる先輩も、助けてあげなければならない後輩もいない。
前説は全て自分達の責任で行われ、「コンビとしての平場の力」がダイレクトに試させる場なのだ。
TVというメディアで売れたいのであればそのコンビ力はネタ以上に大事なものであり、芸人にとって前説はその力を鍛える場となっている。
本質はこれ!前説の仕事とは?
ライブにとって「前説」という仕事は、みなさんが思っている以上に重要。
実は前説でライブの出来が決まると言ってもある意味過言じゃない。
「前説って何?」と聞かれたら、「お客さんと演者の間にある、”壁”を取り払う仕事」という言葉に尽きる。尽きざるを得ない。
お笑いライブを観に来るお客さんの客層は、「何度も観に来てる」という人から「今日初めてお笑いライブを観る」という人まで幅広い。そしてその個性の豊かさたるや、日本人は画一的だと言う欧米人のイメージを一蹴するほどのバリエーションをみせる。
そのバリエーションは、「おれは審査員だ!」という笑顔を家に忘れてきたおじさんから、「◯◯さんの出番以外は、全て◯◯さんの為の化粧時間!」というイケメン芸人の十代顔ファンまで幅広い。
ここで必要なのは、そんな多種多様なお客さん全員に「お笑いライブを観る準備」をしてもらう事。じゃあそれが何かというと、冒頭の「お客さんと演者の壁を取り払う仕事」につながる。
お客さんと演者の壁とは?
本番前のお客さんというのは緊張感があったり、そもそも今日初めて観にきたから、お笑いライブをどう観ればいいか分からない人も多い。
だから緊張感をほぐし、お笑いライブのルールの説明をし、会場全員がマナーよくライブを楽しめるような空気作りをする。
その時、必ず最初は客席と舞台上に一枚「心理的な壁」がある。
これは心を開いていないとかではない。分かりやすくいうと芝居を観にきた観客のように、映画を観にきた観客のように、「十分に期待はしてるし、わくわくしてるけど、舞台の上で行われる”作品”を観にきている」という感覚。
これはある意味「客席と舞台上は別の空間」という意識であって、この感覚のままライブが始まると、ライブは大失敗する。
なぜなら「お笑いライブ」は舞台上で完結する「芝居」と違い、「舞台にお客さんが巻き込まれて、初めて完成するもの」だからだ。
「芝居」はその作品を俯瞰で観てもらうものだが(たぶんw)、「お笑いライブ」はお客さんに「参加してもらわなければならない」のだ。
この「心理的な壁」が取り払われないまま進んだ日には、かなりの確率で「お客さん自身が”おもしろい”と感じても、笑わない」という状況が発生する。正確に言うと、「笑ってはいるけど、笑い声を出さない」という感じ。
お笑いライブの場合、お客さんはみんなで声を出し大爆笑した時に初めて十分な満足感が得られる。結局、どんなにお客さん自身が「おもしろい」と感じてくれていても、大爆笑という共感が得られないので、どこか一つ物足りない感覚で帰宅させてしまう事になる。
なので、この壁を取り払うのが、前説の一番重要な役割。多分。きっと。
取りあえずこれやっとけ!前説といえばこれ!客イジり!
じゃあ何をするかっていうと、「客イジり」。この単語を聞いた事がある人も多いと思う。
芸人間には「客イジり」と言われる笑いのスタイルがある。
これは自身のエピソードトークやコンビ間の掛け合いという「練習の成果」をみせる訳ではなく、直接お客さんに話しかけ「お客さんと、その場で笑いを作り上げる」という方法である。
そのため、賞レースなどの作品性が問われる大会ではかなり毛嫌いされる技法だが、こと前説といえばかなりの確率で客イジりがなされている。
一見、今日話すエピソードトークを考え忘れた芸人が楽する為に行っているようにも見えるが、実はこれには理由がある。
それは上述した、「客席と舞台上は別の空間」という意識を取り払うというものだ。
舞台の上からガンガン客席のお客さんに話しかけ、お客さんが舞台の上の芸人に回答を返し、それを受けた芸人がまた客席に話しかける。これを繰り返す事により、客席と舞台の間の壁は自然と取り払われる。
また当たり前だが、お客さん的にも芸人が直接自分に対してボケてきたらとても笑いやすい。
ある意味イージーモードになる客イジりで、芸人がお客さんを相手に直接「ボケる→笑ってもらう」を繰り返す事により、自然と舞台でボケたタイミングで笑い声があがりやすくなる。
これは実は、「ボケたら声を出して笑う」という、「笑うタイミングの反復練習」をしている時間。
結果、演者とお客さんの距離がグッと近くなり、その後のネタもスムーズに笑えるように移行する。
前説の「客イジり」には、実はこういう意味がある。だから逆にいうと、自分達の作品となるエピソードトークやコンビの掛け合いだけを見せた若手芸人の前説は、よっぽど地力がないと高確率で失敗する。
「客席と舞台上は別の空間」という壁を取り払えないし、「芸人がボケる→笑う」をハードモードでやっているからだ。
なので、これを見て芸人になろうと思った人は、前説する時とりあえず客イジりから入った方が無難。
最低限これはやれ!これが前説の注意事項
前説では「絶対に言わなければならない事・やらなければならない事」が存在する。
前説を担当する芸人はそれらをこなしつつ、笑いを取らなければならない。この任務を放棄し、笑いを取る事を優先した芸人は、「いや芸人だから笑いを取ればそれでいいっしょ!」という考えが消え去るまで、袖でしこたま怒られる。
南海キャンディーズの山里さんが前説で爆笑を取ったけど、この「前説でやらなければならない事」を怠った為、その後始まったライブが上手く運ばず二度と呼ばれなかったのは有名な話。
気になる人は山里さん著書「天才になりたい」をご参照の程。
ここではそんな至高の悲劇を二度とこの世に生まないよう、具体的に前説の「絶対に言わなければならない事・やらなければならない事」を紹介する。
絶対にこれだけは言え!注意事項説明
お笑いライブには、各劇場やライブ自体が定めたルールがある。
本番前に、それを高らかに宣言するのが注意事項説明。よくあるルールがこんな感じ。
①ネタ中の動画、写真撮影NG!
OKな所もあるが基本的にNG。理由は周りのお客さんの気が散って、ネタに集中できなくなるから。
劇場運営的にライブが盛り上がらないのは最悪いいけど、劇場にクレームが入る事が嫌だという理由から設けられたNG項目。いやもちろん、芸人の為のルールでもある。
例えば、闇ライブに出演する芸人には「賞レースに出すネタを磨いているので、そのネタをSNSなどにあげられたくない」という芸人から、「事務所の許可なく出てるのでバレるとマズい」というアウトサイダーな芸人まで様々な芸人がいる。
これは彼らを守る為のルールにもなっている。
ちなみに本番前に行う前説中は写真撮影OKが通例であり、「前説中の今はOKなんですよ?今は?あれーー、ぼくらの事、撮っていいんですよーー??」と会場を見渡し、写真を撮る事を促す前説あるあるが存在する。
ちなみに芸歴10年を超えた芸人がこのベタなボケをやると、袖でイジられるという別の前説あるあるも存在する。
②飲食禁止!
基本的にはどの会場も、飲食は禁止。ペットボトルの水を飲むくらいはOK。これも禁止しておかないと、ハンバーガー等臭いが気になる物を食べる人が出たりいつの間にか酒盛りが始まっていたりと、収拾がつかなくなる。
芸人のライブ会場とは、放っておくと海外のスラムのように治安が乱れるものなのだ。
③ネタ中の私語の禁止!
「そりゃそうだろ!」と、全人類納得のルール。しかし意外に思われるかもしれないが、結構お客さんはしゃべる。
「この人おもしろーい!」や「あの人カッコ良くない?」などの好意的な意見から、「やだキモい!」「絶対無理!」とスベる以上に芸人を傷つけるワードを叩きつけてくる。
ただ、この人たちがマナーが悪いかと言うとそうでもなく、「お笑いライブ」の見方が分かってないだけだったりする。
基本的に、前説でちゃんと説明しておけば私語は起きない。逆に前説でちゃんと説明しないと、ライブ中に混沌を呼ぶ。
④トイレの位置
劇場によっては分かりにくい為、トイレの場所を簡単に説明をする。当然「トイレはネタとネタの間に行ってください」という一言も添える。
⑤コロナ対策
最近増えた注意事項。劇場が施している飛沫感染対策から始まり「マスクをしたまま観てください」という注意など、みんなが安心して笑って観れるように最初に説明をしておく。
拍手の練習
「ネタ始まりで芸人が出てくるので、その芸人たちを拍手で出迎えてあげてください」と、「芸人とは一体何様なんだ?」と言うお願いをカマした後、その練習までさせる時間。
しかし、これは非常に理に適っていて、芸人の出ハケのタイミングで拍手があるのと無いのでは、会場の雰囲気・盛り上がりが全然違う。
芸人によってはネタのノリ方が違う為、最終的にお客さんの為になる時間。ちなみに「いやネタのノリに関しては、自分自身でコントロールしろよ!」という至極真っ当な意見は、劇場に住む売れない若手芸人には通用しない。
お客さんはせっかく時間とお金を使ってきている訳で、それなら芸人のベストパフォーマンスを観て帰って欲しいという思いが生んだ、無名の若手芸人を拍手で出迎えるための謎の稽古時間。
声出し
拍手の稽古時間が過ぎたタイミングで、今度は声出しの稽古が行われる。
ここでお客さんとコールアンドレスポンスを行う事で、大きな声を出してもらい、声を出して笑いやすい状態を整える。
以前は拍手の練習とセットで行われていたが、近年はコロナの影響で、飛沫が飛ぶ可能性があるからあまりみなくなった。
まとめ
今回は前説についてお話しさせて頂いた。前説は若手芸人が行うものであるが、ちゃんと向き合えば相当な勉強になる場だ。
なぜなら基本的に前説で与えられる時間は10分前後。自分達のネタ時間約3分の他で、「舞台上に自分達しかいない」という状況は基本的に存在しない。コーナーだろうとエンディングだろうと、先輩後輩同期がいる。
この自分達しかいない状況で、いかに「やらなければならない仕事をこなしながら」「他芸人の前説以上にどれだけ笑いを取るか」は、正面から向き合えば非常に力になるものである。
今後芸人を目指される方がいたら、是非前向きに取り組んで欲しい。
このコラムがみなさんのお役に立つと幸いだ。
ご一読、ありがとうございました。
執筆:吉松ゴリラ
SHUプロモーション所属。宮崎大学大学院主席。もともとコンビで活動していたが、解散後ピンへ転身。「激レアさんを連れてきた。」「新春おもしろ荘」「ガキの使いやあらへんで!」「ウチのガヤがすみません!」など多数出演。
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